佐渡旅行No.2(1日目)~宿根木の町歩き~
社員旅行記『佐渡島の旅』②
無事、佐渡ヶ島に上陸。
腹ごしらえもし、再びバスへ乗り込みガイドさんが佐渡の町並みや歴史のガイドを聞きながら次の目的地へ向かいます。
佐渡は昔から「犯罪を犯した者が流される島」と言われており、
佐渡の人間は犯罪者の末裔と言う噂は聞いたことがありました。
実は、この噂は事実で、古くは思想犯や政治犯、知識犯が流刑の地とガイドさんが教えてくれました。
でも、佐渡へ島流しされた思想犯や政治犯、知識犯たちは社会に受け入れてもらえないくらいの切れ者が多く、トップクラスの教養・文化を持っていたそうです。
でもだからこそ佐渡は栄えた。
佐渡に島流しになった
承久の乱で敗れた順徳上皇、
鎌倉幕府を批判した日蓮、
能を大成した世阿弥。
交通網が発達していない時代に、島流しとなれば社会的に抹殺されたも同然ですが、
その地でも日本の歴史や文化を大きく変えた人物ばかりです。
個人で旅行へ来たら知る事のなかった歴史や、気にかけなかった佐渡の背景や建造物たち。
同じルート、スポットを訪れても2倍3倍その地を知って感じることができるので、観光が目的の旅行はバスツアーがいいなぁと思いました。
こうしてバスに揺られること1時間、次の目的地は宿根木です。
迷路のような船大工の町『宿根木(しゅくねぎ)』
『宿根木』とは…
江戸時代から明治にかけて、佐渡金山が栄えた17世紀、佐渡の最南端の狭い谷あいにある、北前船の寄港地として発展した入り江の集落。
約1ヘクタールの土地に迷路のような路地と100棟を超える板壁の民家が密集しています。
1ヘクタールとは東京ドームの1/4個分の小ささ!
とっても高密度な町です。船大工が作った宿根木の町並は、国の重要伝統的建造物群保存地区。
かつては「佐渡の富の1/3はこの宿根木が集めた」とまで言われる産業地区だったそうですが、
今ではひっそりと静まり返った静かな時間が流れています。
『北前船』とは…
北海道~大阪を途中途中の港で商売しながら航海する船のこと。
遭難が耐えない荒波の日本海で危険が伴う仕事ですが、お金を貯めて自分の船を買い、船頭になって大阪~北海道を1往復するだけで、今のお金の価値の1億円は稼げたため、身分制度の厳しかった時代、庶民は一獲千金を夢見れる人気の職業でした。
この竹垣の向こうが船大工が作った宿根木の町並みです。
竹垣の向こうには「世捨小路(よすてこうじ)」という不気味な名がつけられている通りがあるとのこと。
この名の由来は正確には不明なんだそうですが、
村の奥には神社があり、必ずこの世捨小路を通らなければならない。
そして、そのお寺から出た霊もこの世捨小路を通り、村(世)を捨て成仏する。
また、船乗りの町だったため、危険を伴う海に出るということは死を覚悟しなければいけないことだったため、この通りは色んな意味で「世を捨てる小路」なのかもしれません、
とガイドさんは教えてくれました。
一応、宿根木のメインストリートだそうですが、
さっそく入ってみることに( ー`дー´)ゴクッ
宿根木の「世捨小路」▼
ここがメインストリート?というほど、細く迷路のように入り組んでる通りです。
踏む石畳も当時のもののまま。200年もそのままの石畳です。
優秀な地理学者であり、大酒飲みの柴田収蔵生家▼
世捨小路を進んでいくとまず最初に紹介されたのは、幕末に佐渡が生んだ異色の地理学者・柴田収蔵の生家。
この時代に精密な世界地図を作ったすごい人の家!!
さすが、家も大きかったです(๑ÒωÓ๑)オ~
でも相当な大酒飲みだったみたいで、残念なことに40歳という若さで亡くなっちゃったらしい。
豪華絢爛!清九郎の家▼
庭先にこんもりと大きな紫陽花が咲いている清九郎の家。
家族経営の北前船・船主だった、大金持ちの家!
後に清九郎家に売却され今では「清九郎の家」と呼ばれている。
ここもまた、ひときわでっかい家!!!(๑ÒωÓ๑)オ~
ここは、中を見学することができちゃいます。
水鉢に並ぶあひるがかわいい。涼し気・・・
中に入ると家主(?多分)の人がお出迎えしてくれます!!
家族経営の北前船でも、1往復の航海で今の価値で1億円の利益を稼いでいただけあり、
家は当時の最高水準の技術と建築材料が使われていて、柱・壁・梁・天井・建具などすべて漆塗りという豪華なしつらえ!!!
外観だけ見たら古い家にしか見えませんが、中に入ると1部屋2000万の部屋もあるそうです!!
大金持ちだーーーーー!
水色の外壁に白い窓枠がおしゃれな旧郵便局舎▼
民家は全て茶色なのに対し、ひとつだけ色鮮やかな水色の建物は旧宿根木郵便局舎。
私たちの職場のある小野にも宿場町がありますが、その旧郵便局も水色に塗られた建物です。
当時の郵便局はこの色と決まっていたのでしょうね!!
船大工が腕を振るって建てられた三角家▼
そして、【塩】の看板が目印の三角家。
平成18年まで実際に住んでいて塩の販売で生計を立てていたみたいです。
この家は、名の通り三角に建てられています。
精密機械やコンピューターのない時代に、この形にきっちり作るのはとっても難しいらしく、
船大工の知恵と技が集結された宿根木を代表する民家だそうです。
そして・・・JR東日本のCMで吉永小百合さんが撮った場所でもあります!!
そんな船大工の町『宿根木』は石置き木羽葺(こばぶ)き屋根も見どころです!!
木の板を何枚も重ねた「木羽葺き」の上に石が置かれた屋根。
これは、瓦が入ってくるまで主流だった日本海側特有の屋根なんだそうです。
ゴロゴロと頭の上に落ちてきたらと思うと怖い!Σ(×_×;)!
様々な歴史があり、今ではテレビの撮影や有名な観光地になってはいるものの、
今もなお、人が暮らす集落ということ。
路地と家の距離が近いこともあり、耳をすませるとそれぞれの家々からはテレビの音や、話し声、咳払いなどが聞こえ、
家の中には明かりがついているのが見ることができます。
ツアーの団体でワイワイと街歩きをしていた私たちですが、
ほとんどが今も住んでいる家ということを聞き、
町の人たちに迷惑にならないように、小声で感動するように気をつけました_ _ ( ゚ ゚ )。
一番奥にひっそりと佇む水難除けの守護神
町の一番奥まで進むと称光寺という寺院がひっそりと建ってます。
ここは境内のいたる所に岩壁を削り取って祠(ほこら)を作られておりとても厳かな雰囲気。
船の町だけあり、称光寺は水難除けの神様。
ほとんどが、北前船の船頭さんたちのお墓みたいですね。
たぬきの剥製が祀られていてちょっと怖い。
ジブリ映画「平成狸合戦ぽんぽこ」でも、佐渡のたぬきの団三郎が名前だけ登場するので、佐渡はたぬきと切っては切れない関わりがあるのでしょう。
お寺の横から街中に流れている称光寺川。
水量は少ないがとてもきれいで魚やカニがたくさんいました🦀。
小さくて今ではほとんど水量がない小川ですが、
昔は氾濫し、家が流されたり多くの命を奪ったと言います。
小さい川と言っても侮れません!!
民家を利用したお食事処やカフェ
宿根木にはところどころにお食事ができるとこやおしゃれなカフェがあります。
時間があったら入ってみたかったなぁ~(・ε・´;)
廻船業の町だけあり、町を抜けると目の前は海岸!!
宿根木海岸といいます。
ここで記念撮影▼
蒸気船や鉄道が発達するずっと前の、主な流通の手段だった北前船の町「宿根木」。
当時の人々の生活や、裕福な暮らしぶりを感じることができた町歩きでした。
—旅行記No.3へ続く—